大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)209号 判決 1987年3月10日

アメリカ合衆国デラウエア州ウイルミントン・マーケツトストリート一〇〇七

原告

イー・アイ・デユポン・デ・ニモアス・アンド・カンパニー

右代表者

エイ・エヌ・リーデイ

右訴訟代理人弁護士

水田耕一

同弁理士

小田島平吉

柴坂久良

江角洋治

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 黒田明雄

右指定代理人通商産業技官

吉村真治

伊沢宏一郎

大阪府大阪市北区堂島浜二丁目二番八号

被告補助参加人

東洋紡績株式会社

右代表者代表取締役

宇野収

右訴訟代理人弁護士

内田修

内田敏彦

東京都千代田区内幸町一丁目三番一号

被告補助参加人

東洋製罐株式会社

右代表者代表取締役

高碕芳郎

右訴訟代理人弁護士

羽柴隆

大阪府大阪市東区南本町一丁目一一番地

被告補助参加人

帝人株式会社

右代表者代表取締役

徳末知夫

右訴訟代理人弁理士

金子博厚

大阪府大阪市北区中之島三丁目二番四号

被告補助参加人

鐘淵化学工業株式会社

右代表者代表取締役

高田敞

右訴訟代理人弁理士

浅野真一

東京都千代田区霞が関三丁目二番五号

被告補助参加人

三井石油化学工業株式会社

右代表者代表取締役

淡輪就直

右訴訟代理人弁理士

山口和

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用及び被告補助参加人の参加によつて生じた費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五二年審判第一三八七〇号事件について昭和五六年三月三一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四五年一二月一六日、名称を「二軸配向製品およびその成形方法ならびに装置」(昭和四七年七月一四日付け手続補正書により「二軸配向したびん」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九六九年一二月一七日及び一九七〇年一一月三〇日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和四五年特許願第一一一九四五号)をし、昭和四九年一月二四日出願公告(昭和四九年特許出願公告第三〇七三号)されたが、東洋紡績株式会社から特許異議の申立てがあり、昭和五二年三月二三日、異議の申立ては理由があるとの決定とともに拒絶査定を受けたので、昭和五二年一〇月二四日審判を請求し、昭和五二年審判第一三八七〇号事件として審理された結果、昭和五六年三月三一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和五六年四月二五日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として三か月が附加された。

二  本願発明の要旨

(A)  少くとも〇・五五の固有粘度を有するポリエチレンテレフタレート又は約一〇モル%までの共単量体を含有する結晶化可能のエチレンテレフタレート共重合体から成形されたびんであつて、

(B)  該ビンは内径がより小さく且つより肉厚の頸部と内径がより大で且つより肉薄の胴部との少くとも二つの部分を有しており、

(C)  該頸部は実質的に無定形であり、

(D)  該胴部は二軸方向に配向されていて、該頸部よりも大きな密度と少くとも一五%の結晶化度を有し、該胴部の最大直径部分の厚さは〇・二五四~〇・七六二ミリメートルの範囲でしかもその縦軸方向の引張強さは三五一・四~二一〇九・二kg/cm2および円周方向の引張強さは一四〇六・二~五六二四・八kg/cm2であり、

(E)  該びんのすべての部分の密度は一・三三一~一・四〇二の範囲にあり、且つ

(F)  該びんの重量(グラム)対該びんの容積(cm3)の比率が〇・二対一乃至〇・〇〇五対一の範囲にあり、且つ

(G)  該びんは不透明な添加剤が存在しない状態で実質的に透明である

ことを特徴とする圧力下の液体を保持し得るびん。

三  審決の理由の要点

(Ⅰ) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである(なお、本願発明の対象物は「びん」であつて、本件特許請求の範囲の項第A項の文言のような成形素材がそのままの状態でびんを構成するのではないから、本願発明の要旨を前記のように認定した。)。

(Ⅱ) オランダ王国特許出願公開明細書第六五〇四九一二号(一九六五年七月二六日出願公開。以下「第一引用例」という。)には、ポリエステルその他の結晶性熱可塑性樹脂から予備成形されたチユーブを、樹脂の結晶融点以下の適当な温度に加熱し、該チユーブを、その一端を密閉するようにして吹込成形型内に挟持し、次いで他端から圧力流体をチユーブ内に圧入して、該チユーブを軸方向に延伸するとともに型内で膨脹させて吹込成形するようにした圧力下の液体を保持し得る中空容器の製造法が記載されており、該中空容器は、熱可塑性樹脂の延伸成形に関する技術常識からみて、内径がより小さく、かつより肉厚の頸部と、内径がより大きく、かつより肉厚の胴部の少なくとも二つの部分を有しており、該胴部は二軸方向に配向されていて頸部よりも大きな密度を有する圧力下の液体を保持し得るびんということができるものである。

また、昭和四四年特許出願公告第五一〇七号公報(昭和四四年三月三日公告。以下「第二引用例」という。)には、相対粘度が一・四~一・七の値を持ち、結晶化度が〇~二五%、透明な成形品を得る場合には〇~一〇%の結晶化度を有するポリエチレンテレフタレートから成り、厚さが〇・一~六mmのフイルム又はシートを、七五~一八〇℃の温度に加熱し、深絞り真空成形法によつて成形し、成形品表面に一定度の配向を生じさせた薄壁で多くの輪郭を持つ表面を有し、高い衝撃強度と透明度を有するポリエチレンテレフタレート成形品の製造方法が記載されており、また、同公報にはポリエチレンテレフタレートの溶融物を所望の形状に成形し、その形状で固化させること、例えば射出成形法によりポリエチレンテレフタレートから成形品を製造することは従来より公知である旨記載されている。

また、昭和三八年特許出願公告第一〇〇三六号公報(昭和三八年六月二二日公告。以下「第三引用例」という。)には、ポリエチレンテレフタレート共重合体から配向フイルムを製造するに当たつて、固有粘度が少なくとも〇・五〇、強靱なフイルムが要請される場合には〇・五〇以上の固有粘度を有する共重合体を用いるようにしたフイルムが記載されており、オランダ王国特許出願公開明細書第六八一〇一三六号(一九六九年一月二二日出願公開。以下「第四引用例」という。)には、炭酸飲料用の熱可塑性樹脂製耐圧中空容器として、下辺部の断面形状を一定の曲率を有する曲線をもつて形成させ、高さ一六〇mm、胴部の直径六八mm、内容積が〇・三三lとなるよう一定の形状に設計されたびんを、約三〇gの樹脂材料を用いて成形するようにしたものが記載されている。

また、英国特許第九二〇、四一五号明細書(昭和三八一年四月三〇日特許庁資料館受入。以下「第五引用例」という。)には、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂から吹込成形によつて成形された二l以上の容積を持ち、壁厚が〇・〇五~二mmの中空容器が記載されている。

(Ⅲ)(1) 前記第一引用例には、中空容器の成形素材として熱可塑性のポリエステルが開示されているが、ポリエチレンテレフタレートは、熱可塑性ポリエステルの中で代表的なプラスチツクであつて、合成繊維、プラスチツクフイルムの素材については熱可塑性ポリエステルというとポリエチレンテレフタレートを指称するものとみられるほどである。

また、ポリエチレンテレフタレートは、前記第二引用例にも記載されているような合成繊維、フイルムだけでなく、その他の成形品の素材としても用いられており、また、そのときにも、ポリエステルとポリエチレンテレフタレートを同一に呼称している(第二引用例第一頁左欄第二五行ないし第二八行)から、第一引用例記載の熱可塑性のポリエステルを即ポリエチレンテレフタレートと認識することは、当業者の常識であるものと認める。

さらにいえば、第二引用例には、ポリエチレンテレフタレートのシートを延伸適温に加熱し、深絞り真空成形法によつて成形品を成形する方法が記載されており、前記真空成形も本願の吹込成形も、流体圧を利用する予備成形体の成形法という点では共通の技術分野に属するものであるから、吹込成形によるびんの素材としてポリエチレンテレフタレートを使用することは第二引用例記載の技術事項から当業者が容易に実施できることでもある。

(2) 本願発明は、前記第一引用例記載のびんにおいて、

A' 成形素材は、少なくとも〇・五五の固有粘度を有するポリエチレンテレフタレート又は約一〇モル%までの共単量体を含有する結晶可能のエチレンテレフタレート共重合体であること

C' 頸部は、実質的に無定形であること

D' 胴部は、少なくとも一五%の結晶化度を有し、該胴部の最大直径部分の厚さは〇・二五四~〇・七六二mmの範囲で、しかもその縦軸方向の引張り強さは三五一・四~二一〇九・二kg/cm2及び円周方向の引張り強さは一四〇六・二~五六二四・八kg/cm2であること

E' びんのすべての部分の密度は、一・三三一~一・四〇二の範囲であること

F' びんの重量(グラム)対内容積(cm3)の比率が〇・二対一ないし〇・〇〇五対一の範囲であること

G' びんは、不透明な添加剤が存在しない状態で実質的に透明であること

を構成要件として特定したものということができる(A'等の記号はそれぞれ本件特許請求の範囲記載のA等の記号に対応する)。

(3) そこで前記各構成要件について検討する。

まず、構成要件A'について検討すると、第三引用例には、ポリエチレンテレフタレート共重合体から配向フイルムを製造するに当たつて、強靱なフイルムを得るために、固有粘度が少なくとも〇・六〇以上の共重合体を用いることが記載されており、これを吹込成形品の素材として採用しようとすることは、前記第三引用例第七頁左欄第一一行に用途として「C 成形品として……食品容器等」と記載があるから当業者として容易に想到し得るところであり、また、共重量体を約一〇モル%まで含有させるようにした点も、そのことによつてもたらされる作用効果は当業者として容易に予測し得るものである。

さらにまた、第二引用例には、成形品の素材として、相対粘度が一・四~一・七の値を持つポリエチレンテレフタレートを用いたものが記載されているから、構成要件A'は、第二引用例、第三引用例記載の技術事項から当業者が必要に応じて容易に実施し得るものである。

次に、構成要件C'について検討すると、該要件C'は、実質的に無定形の予備成形体を吹込成形型内に挟持し、結晶融点よりずつと低い配向温度において吹込成形することによつて得られた頸部の状態を規定したものであるが、塩化ビニリデン樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの結晶性熱可塑性樹脂の溶融パリソンを急冷して、非晶質の予備成形体を形成し、該成形体を吹込成形型に挟持し、樹脂の結晶融点以下の配向温度で吹込成形して中空容器を成形することは、本件出願前より周知(例えば、昭和三八年特許出願公告第八五八三号公報、昭和三九年特許出願公告第三九七四号公報、昭和四四年特許出願公告第二五四七八号公報等参照)であり、その際容器の頸部に相当する部分は成形型によつて挟持され、延伸されることがなく非晶質のまま維持されるから、容器の頸部が、実質的に非晶質の状態であることは当業者にとつては明白である(注、昭和四四年特許出願公告第二五四七八号公報記載のものでは、軸方向の延伸を除外したものは、頸部は非晶質の状態となる)。

そして、第一引用例記載の中空容器の成形に当たつて、前記周知の成形方法を適用することは、当業者にとつて極めて容易に実施できることであり、また、ポリエチレンテレフタレートは、塩化ビニリデン、ポリエチレン、ポリプロピレンと同様の結晶性の熱可塑性樹脂であるから、成形されたびんの頸部が実質的に無定形になることは当業者として普通に予測し得るところである。したがつて、構成要件C'は、第一引用例記載の技術事項及び周知の技術事項から当業者が容易に実施し得るものである。

次に、構成要件D'について検討すると、ポリエチレンテレフタレートから成形されたシートで一五%以上の結晶化度を有するものは、第二引用例に記載されており、また、熱可塑性樹脂から吹込成形された容器で、壁厚を〇・〇五~二mmとしたものは、第五引用例に記載されている。

そして、結晶性の熱可塑性樹脂フイルムにおいて、結晶化度、配向度が高くなればなるほど、透湿性、ガス透過性が低下することは普通に知られており、また、ポリエチレンテレフタレートのフイルムについて、透湿性、ガス透過性の数値も周知(例えば、昭和四二年二月一〇日地人書館発行「高分子材料の工学的性質(Ⅱ)」第七二頁ないし第八五頁参照)であつて、これらの数値は、びん胴部の成形材料についても変わらないものであるから、前記第二引用例及び第五引用例記載の技術事項を、ポリエチレンテレフタレートから成形されたびんに適用し、びん胴部の壁厚と結晶化度を本願発明のように特定することは、そのことによつて当業者が予測できない格別の作用効果が生じるということもできないから、当業者が設計上の必要に応じて容易に実施できる数値の限定にすぎないものである。

次に、びん胴部の引張り強さについて検討すると、ポリエチレンテレフタレートのフイルムについて、フイルムの引張り強さが、未延伸フイルムでは六〇〇~七〇〇kg/cm2、延伸フイルムでは一四〇〇~二五〇〇kg/cm2にあるものは、前記「高分子材料の工学的性質(Ⅱ)」第七五頁にも記載されているように普通に知られており、本願発明の引張り強さの数値範囲は、前記周知の数値範囲と格別の差異のないものである。また、引張り強さは、延伸率を大きくすれば大きくなることは普通に知られていることであり、胴部の軸方向及び円周方向の引張り強さを、それぞれの方向の延伸率を適宜に選択することによつて必要とする数値にすることは当業者として普通に実施できることであるから、本願発明の引張り強さについての数値も周知の技術事項から当業者が必要に応じて容易に実施できる範囲のものである。

したがつて、構成要件D'は、前記第二引用例、第五引用例の技術事項及び周知の技術事項から当業者が必要に応じて容易に実施できるものである。

次に、構成要件E'について検討すると、ポリエチレンテレフタレートは、結晶化度の増加に伴い密度が増加し、結晶化度〇~六〇%に対応して密度が一・三三一~一・四〇二g/cm3となることは普通に知られていることであり(例えば、前記第二引用例参照)結晶化度が〇~六〇%の間にあるポリエチレンテレフタレートは普通に知られているものであるから、構成要件E'は、単にポリエチレンテレフタレートについての周知の数値を挙げたにすぎないものである。

次に、構成要件F'について検討すると、合成樹脂成形品の製造に当たつて、樹脂材料をできるだけ少なくして、必要な強度、性能を付与させるように成形品を設計することは当業者として通常に実施していることであり、また、第四引用例には、熱可塑性樹脂製びんにおいてびんを一定の形状に設計し、内容積〇・三三lに対して樹脂材料の重量を約三〇g、すなわち重量(g)対内容積(cm2)の比率を〇・〇九対一にしたものが記載されている。

また、ポリエチレンテレフタレートのフイルムについて、配向させたときの引張り強さ、ガス透過率などの数値は前記のように普通に知られているから、びんの設計に当たつて、強度、ガス透過性を必要な数値にするため一定の壁厚にすること、それに必要な重量の材料を用いることは、当業者として普通に実施できることである。したがつて構成要件F'は、周知の技術事項及び第四引用例記載の技術事項から当業者が容易に実施し得る設計上の数値限定にすぎないものである。

次に、構成要件G'について検討すると、結晶性の熱可塑性樹脂を素材とした非晶質の予備成形体を、結晶融点以下の配向温度で吹込成形することによつて透明な中空容器を製造することは、本件出願前より周知(例えば、昭和三九年特許出願公告第三九七四号公報、昭和四四年特許出願公告第二五四七八号公報等参照)であり、また、ポリエチレンテレフタレートについても、延伸することにより透明な成形品が得られるということは普通に知られている(例えば、第二引用例参照)ことであるから、構成要件G'は、周知の技術事項から当業者が普通に実施できるものである。

(4) 以上審究したように、前記各構成要件、A'、C'、D'、E'、F'、G'は、いずれも本件出願前公知の刊行物に記載された技術事項及び本件出願前周知の技術事項から当業者が必要に応じて容易に実施し得るものであつて、それらの構成要件を総合しても、そのことによつて当業者が予測できない格別の作用効果が生じるものと認めることができない。

(Ⅳ) 以上のとおりであるから、結局本願の発明は、本件出願前公知の各引用刊行物に記載された技術的事項及び、本件出願前当業者において周知の技術的事項に基づいて、当業者が通常の設計手段によつて、必要に応じて容易に発明できたものと認めるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決摘示の各引用例に審決が認定した事項が記載されていることは認めるが、審決は、(1) 「第一引用例記載の熱可塑性のポリエステルを即ポリエチレンテレフタレートと認識することは、当業者の常識であるものと認める。」として、第一引用例が開示している技術内容の認定を誤り、かつ本願発明のびんのような二軸延伸立体成形品の素材として、一定の成形条件の下で、無定形のポリエチレンテレフタレート又は約一〇モル%までの共単量体を含有する結晶化可能のエチレンテレフタレート共重合体(以下「PET」という。)の予備成形体を採用することは、第一、第二引用例からは容易に推考し得たものではなかつたにもかかわらず、この点を容易に推考し得たものと誤つて認定、判断し、(2) 本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、ひいて本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であり、取り消されるべきである。

1  第一引用例が開示する技術内容の認定及び本願発明の推考困難性についての認定、判断の誤り

(一) 本件優先権主張日当時のPETの厚壁の立体的成形品の技術水準について

(1) ポリマとしてのPETは、約四〇年前に開発されて以来、繊維及びフイルムとして実用化され、著しい発展を遂げた。PETを加熱溶融して紡糸口金又は細長いスリツトから押し出し冷却固化して得た線状又は箔状のものは、そのままでは強度が小で破れ易く、実用に供することができないが、これを延伸するとポリマ分子の配向が起こり、それによつて極めて強い高性能の繊維又はフイルム製品にすることができる。PETが繊維又はフイルムとして実用化に成功したのは、この延伸という簡単な操作により製品を容易に高性能化することができるという理由による。

(2) 一方、射出成形のような溶融したPETを冷たい型に入れて急冷し型どおりの成形品に固化する成形方法で作られたPETの成形品は、提案はされたが、本件優先権主張日前において製品化されたことはなかつた。その理由は、本件優先権主張日当時における当業者の従来知識によれば、このようなPETの立体的成形品は無定形の状態であるか又は配向していない粗大結晶が不均一かつ部分的に生成した状態であつて、そのままでは無価値であり、ことに厚壁の立体的成形品は、前述したPETのフイルムや繊維とは異なり、延伸することができず、したがつて延伸(配向)によつて物性を改善し価値ある製品にすることはできないため、これを価値ある成形品にするには、白色不透明な高結晶化状態に変えて結晶性を高めることにより物性を改善する以外になく、PETは立体的成形品用の素材としては取扱いの極めて困難で不適当なポリマとされていたというところにある。そして、PETを素材樹脂として延伸ブロー成形により二軸配向したびんを作ることは、予備成形したパリソンを用いる方法によつても、あるいは割型の間にパリソンを用いる方法によつてもできないというのが本件優先権主張日当時における従来技術の状態であつた。

(3) 右に述べたPETの立体的成形品に関する当業者の従来知識については、例えば、英国特許第一、一五八、三四八号明細書(甲第一四号証)の第一頁第一四行ないし第二九行に「従来、ポリ(エチレンテレフタレート)は、フイルム又は繊維の製造用材料として広く使用されているけれども、汎用目的のプラスチツク成形材料としての重要性は認められていなかつた。このポリマのフイルム及び繊維への応用が成功したのは、このポリマのフイルム及び繊維が延伸可能であり、これによりポリマの結晶構造を配向させることができその結果ポリマの物性の著しい改善が達成できるからである。より立体的な成形品は延伸し難いので、延伸の方法によつて所要の物性を改善することはできない。その結果立体的成形品はもろいという難点を有する。」と記載されているのを始め、米国特許第三、五四六、三二〇号明細書(甲第一五号証)同第三、五六二、二〇〇号明細書(甲第一六号証)、英国特許第一二〇八五八五号明細書(甲第一七号証)、米国特許第三、六九二、七四四号明細書(甲第一八号証)、同第三、八一四、七八六号明細書(甲第一九号証)、同第三、八二一、三四九号明細書(甲第二〇号証)、英国特許第一二三九七五一号明細書(甲第二五号証)及び昭和四四年特許出願公告第四五七号公報(甲第二九号証)の記載から明らかである。

特に、右米国特許第三、八二一、三四九号明細書(甲第二〇号証)の発明の背景の項には、「本発明は比較的厚壁の透明なポリエチレンテレフタレート管状体の製造に関するものである。ポリエチレンテレフタレートは、ずつと以前から多くの最終用途において経済上極めて重要とされてきた市販の樹脂である。この樹脂は、急冷しそして配向させることによつて透明なフイルムを作ることができるが、比較的厚いセクションでは、白色不透明の外観を呈する。この素材は厚いセクションが不透明になる傾向を有するので、従来、予備成形したパリソンを用いてびんを作ることはできないと考えられていた。さらにこの樹脂は溶融強度が低いので、割型の間にパリソンを溶融押出しする常法によつてびんを製造することもできないと考えられていた。一九七一年六月二一日に公開されたオランダ特許出願第七〇/一八三六一号は、ポリエチレンテレフタレートからのびんの製造を開示しているが、この技術は、前もつて予備成形したパリソンを流体圧力の導入と同時に押し出す特殊な機械を必要とする。」(本文第一欄第五行ないし第二三行)と記載されており、PETは厚いセクションが不透明になる傾向を有するので、従来予備成形したパリソンを用いてびんを作ることはできないと考えられていたこと、PETは溶融温度が低いので、割型の間にパリソンを溶融押出しする方法によつてもびんを作ることはできないと考えられていたことなどが一層直接的に、明瞭に記載されているのである。

(4) これに対し、本願発明は、<1> PETの実質的に無定形の予備成形体から出発したものであること、<2> 右予備成形体を延伸-吹込成形法により二軸配向させたものであることの二点において従来知識を覆すものであつた。すなわち、本願発明は、右従来知識に反し、PETの実質的に無定形のスラグを使用し、本願明細書に記載されているような特定の成形条件によつて、PETの二軸配向した圧力下の液体を保持し得るびんを得ることに成功したのである。

(二) 第一引用例記載の発明におけるポリエステルの意味

(1) 審決は、<1>「第一引用例には、中空容器の成形素材として熱可塑性のポリエステルが開示されているが、ポリエチレンテレフタレートは、熱可塑性ポリエステルの中で代表的なプラスチツクであつて、合成繊維、プラスチツクフイルムの素材については熱可塑性ポリエステルというとポリエチレンテレフタレートを指称するものとみられるほどである。」<2>「ポリエチレンテレフタレートは、第二引用例にも記載されているような合成繊維フイルムだけでなく、その他の成形品の素材としても用いられており、またそのときにも、ポリエステルとポリエチレンテレフタレートを同一に呼称している(第二引用例第一頁左欄第二五行ないし第二八行)から、第一引用例記載の熱可塑性のポリエステルを即ポリエチレンテレフタレートと認識することは、当業者の常識である」と認定したが、誤りである。

(2) 第一引用例では、高密度ポリエチレンの高結晶予備成形体から、樹脂の結晶融点直下の温度で、吹込成形法又は延伸-吹込成形法により炭酸飲料を入れるびんを製造する方法について記載され、素材樹脂に関し高密度ポリエチレンのほかにポリプロピレン、ナイロン、ポリエステル、低密度ポリエチレン及びポリ塩化ビニルも使用できるとしているが、本願発明において特定的に使用されるPETについて何ら記載していない。ちなみに、一般に第一引用例のような特許明細書にポリエステルという用語が用いられている場合、それはいかなる特定のポリエステルをも指すものではなく、分子鎖中にエステル結合、例えば、<省略>基を繰り返して含有する任意の重合化合物を意味する。例えば用語ポリエステルには、エチレングリコール(又はその他の任意のグリコール)と、アジピン酸、コハク酸等のような脂肪族酸とからの多種多様な脂肪族ポリエステルが含まれ、その他、ポリエステルに含まれる特定の重合化合物の数は極めて多数存在するのである。

(3) 第一引用例記載の発明は、第一引用例(甲第一号証の一)の第三頁第二七行ないし第五頁第二行(その記載の発明の特許出願人であるインペリアル・ケミカル。インダストリーズ・リミテツドが、原告の本件出願の対応英国特許出願に対する異議事件に当たつて英国特許庁に提出した第一引用例の宣誓供述書付英訳((甲第一号証の二))第四頁第一三行ないし第五頁末行)に記載されている実施例から明らかなとおり、本来ポリエチレンを素材樹脂とする中空容器の製造に関するものであり、第一引用例(甲第一号証の一)の第五頁第二〇行ないし第二三行(前記英訳第六頁第一八行ないし第二二行)における素材樹脂の記載は、右ポリエチレンを観念上の熱可塑性樹脂に拡大し、かつ通常の熱可塑性樹脂数種を単に羅列したにすぎない。しかもポリエステル化合物に関しては、それらを総称する用語「ポリエステル」をもつて表示するだけで、具体的なポリエステル化合物については何らの記載がない。このような第一引用例の記載をもつてしては、PETのびん又はその製造に関し何ら具体性のある開示がなされているものということはできない。

(4) 審決が、<1>で掲げた理由について述べると、審決も認めたとおりPETが熱可塑性ポリエステルの代表的ポリマといわれるのは、PETが単に繊維及びフイルムの実際市場において重要な地位を占めているからにすぎないのであつて、びんのような成形品分野においてPETが代表的ポリエステルといわれている事実はなく、そのようなことを示す文献も存在しない。

既に述べたとおり、当業者の従来知識は、審決の右認定とは反対に、PETは射出成形品のような立体的成形品用の素材樹脂として不適当と考えていたのであり、したがつて、ポリエステルといえばそれはすなわちPETを指すという審決の認定は、当業者の従来知識に反するものである。

(5) 審決の<2>の理由について述べると、第二引用例には、PETを用いて射出成形法によつて製造するのでは満足すべき成形品は得られないこと、PETのフイルム又はシートを真空深絞り成形法によつて成形することにより、この問題が解決され、満足すべき箱状の製品が得られるということが記載されているにすぎず、右記載によれぱ、射出成形法によつても、フイルムやシートの真空深絞り成形法によつてもPETからびんのような成形品を作ることができないことが明らかである。第二引用例はその数個所において、PETをポリエステルと表示しているが、これは単に、第二引用例記載の発明における限りにおいて「ポリエチレンテレフタレート」という代わりに「ポリエステル」と表示しているにすぎないことは明らかであり、これをもつて一般にポリエステルといえばそれはPETを意味するとすることはできない。

(6) 以上のとおり、審決が第一引用例記載の発明におけるポリエステルはすなわちPETであるとした理由は、何ら根拠のないものである。

(三) 成形条件について

(1) まず、本願発明が特定の物の発明である以上、それを得るための特定の成形方法を必要とすることは明らかであり、本願発明の物の着想困難性を考えるに当たつて、その成形条件の着想困難性を問題とするのは当然であるところ、本願発明のびんを得るための成形条件は、<1> PETから成る実質的に無定形の管状予備成形体を出発材料とすること、<2> 右予備成形体をPETの配向温度範囲(ホモ重合体で八〇~一二五℃であり、結晶融点よりはるかに低温、事実上少なくとも一二〇℃低い低温である。)で機械的に管の軸方向に延伸し、かつ流体を吹き込んでびんの形に成形することにある。

(2) これに対し、第一引用例記載の発明の成形条件は結晶化した予備成形体をその結晶融点よりわずかに低い温度で延伸及び膨張させることであつて、予備成形体が結晶状態である点及び成形温度条件において本願発明の成形条件と異なるのであり、第一引用例記載の発明における成形条件をもつてしては、PETの二軸配向した圧力下の液体を保持し得るびんを製造できないから、同引用例は、本願発明のびんについて記載していないし、示唆もしていないことになる。

すなわち、まず温度条件についてみると、第一引用例第五頁第二〇行ないし第二三行(前記英訳第六頁第一八行ないし第二二行)における「この方法においては任意の熱可塑性材料、好ましくは高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン及びポリエステルのような比較的高結晶化度の材料を使用することができ(下略)」という記載からすると、第一引用例記載の発明において使用されるポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロンあるいはポリエステル等は、比較的高い結晶化度の予備成形体を用いて、第一引用例記載の発明の方法によりびんに成形される素材でなければならない。しかして、比較的高度に結晶化したポリエチレンあるいはポリプロピレン等を延伸又は吹込成形させるには、樹脂の結晶融点近傍の温度に加熱することを要するのである。

第一引用例(前記英訳第四頁下から第六行ないし第五行、第五頁第五行、第九行及び第二一行等)には、ポリエチレンを素材樹脂とする場合について、一〇〇~一三〇℃の成形温度が開示されているが、これは、パリソンを膨張させて配向させる温度としては余りにも広すぎる(パリソンをこのような不均一な温度条件下で膨張させたならば、膨張した成形体の壁に過度に薄くなつた部分を生じて破れてしまうことになる。)。したがつて、第一引用例における、比較的高度に結晶化したポリエチレンあるいはポリプロピレン等を延伸又は吹込成形させる温度条件については、当該樹脂の配向したびんを製造するためパリソンを延伸させる際の温度に関し、米国特許第三、二八八、三一七号明細書(甲第二六号証)に示されているところ(第三欄第五〇行ないし第六一行)に従い、当該樹脂の結晶融点よりわずかに下の温度と考えるほかなく、そう考えるのが合理的である。

これに対し、PETは結晶融点近傍の結晶融点よりわずかに低い温度では高い結晶化度を有し、たとえ無定形のPETを用いたとしても、高度の結晶化を生じ、このようなPETの予備成形体はこれを延伸することも膨張させることもできないから、PETを用いて第一引用例記載の方法によりびんを作ることはできず、結局、第一引用例は、本願発明のびんについて記載も示唆もしていないことになるのである。

次に予備成形体が結晶状態にあるとの点についてみると、前記のとおり、第一引用例は、高い結晶化度の熱可塑性材料として特定的に高密度ポリエチレン、ポリプロピレン及びナイロンを例示しており、続いて多種類のポリエステル化合物を非特定的に包括する「ポリエステル」を例示している。このうち特定的に例示されているポリマは、溶融状態から急冷されても、結晶融点以下の温度では結晶状態でのみ存在するものであつて、その予備成形体は、結晶状態である。また、第一引用例では、予備成形体について、好ましい熱可塑性材料は比較的高い結晶化度のものである旨記載され(甲第一号証の一第五頁第二〇行ないし第二三行、前記英訳第六頁第一八行ないし第二二行)、結晶状態以外の状態については記載されていない。したがつて、第一引用例記載の発明において非特定的に例示されている「ポリエステル」という広い範囲から特定のポリマを選択するとすれば、必然的に、急冷されて結晶形態の成形物を作るポリエステル、例えば、前記米国特許第三、六九二、七四四号明細書(甲第一八号証)に示されているトリメチレン、テトラメチレン、ヘキサメチレンポリテレフタレートに限られ、PETは含まれないのである。

(四) 第二引用例について

第二引用例は、PETの結晶化度〇~二五%、透明な成形品を得る場合には〇~一〇%のシート又はフイルムを、結晶融点より低い七五~一八〇℃の温度で真空深絞り成形して鮮明な輪郭を有する成形品を製造する技術について記載している。真空深絞り成形はカツプや箱のような広口で底部と同じ口を有する容器の製造に用いる方法であり、この方法では、小さい首と口を有するびんの製造はできない。

また、実際に使用できる合理的な大きさのびんを作るに十分な素材樹脂量を有するシートは厚さが大となり、このような厚さのシートをPETで作ると、このシートは、製造の際、無定形状態を維持できる速さで急冷できない。例えば、二リツトルのびん(重量約六〇グラム)を作るには約一cmの厚さのシートが必要であり、この厚さでは熱の伝達が遅いので急冷しても結晶化が起こり、成形できなくなる。

このとおり、真空深絞り成形は予備成形体を延伸及び膨張させる成形方法とは異なる方法であり、成形条件もまた異なるのであつて、第二引用例は、二軸延伸したびんの製造におけるPETの使用を何ら示唆しないものである。

(五) 以上のとおり、第一、第二引用例記載の成形条件ないし方法をもつてしては、PETの二軸配向した圧力下の液体を保持し得るびんを製造できないのであつて、右各引用例は、本願発明のびんについての記載も示唆もしていないことになる。

2  作用効果の看過

本願発明は、その発明の要旨に記載の要件をすべて具備するびんが、<1> 炭酸飲料のような加圧下にある液体を収容できる軽量薄壁の容器である、<2> 加圧下の液体による内圧に耐え破れることがない、<3> 炭酸飲料を収容して長期間保持することができる、<4> 加圧下の液体を収容した状態で運搬その他の取扱い中に受ける衝撃に耐え、温度変化によつて変形することがないという顕著な作用効果を奏する。

被告は、本願発明のびんが加圧下の液体を収容できるという効果は、PETのフイルムについて公知の優れた耐気体透過性を機械的強度から予測できる旨主張する。

PETのフイルムは、長手方向と横方向の相互に直角な二つの方向に同程度に比較的高度に均一に配向している。かような配向フイルムは張力下に高温で熱処理されるのが通常であり、この熱処理により結晶化度が少なくとも四〇~五〇%まで増大し、フイルムの密度も増大する。得られたフイルムは最高の機械的強度、耐ガス透過性及び寸法安定性(熱収縮に対する安定性)を有する。これらのPETフイルムはその全区域にわたつて、均一な強度(長手方向と横方向において同一)、同程度の高結晶化度と密度、及びその他の物性を有する。

本願発明のPETのびんは、右のPETのフイルムとは反対に、本願発明の要旨から明らかなとおり、不均質な配向と形態を有する。すなわち、<1> びんは頸部と胴部を有し、頸部は実質的に無定形、すなわち結晶化度が低く、<2> 胴部は頸部より密度が高く、結晶化度が少なくとも一五%と比較的低く、<3> 胴部は他の部分と比べて薄く、〇・二五四mmないし〇・七六二mmの厚さを有し、<4> 胴部は二軸配向しており、胴部の長手方向(縦軸方向)の引張り強さが三五一・四ないし二一〇九・二kg/cm2、周囲方向で一四〇六・二ないし五六二四・八kg/cm2という不均質な配向と形態を有するもので、このようなPETのびんが加圧下の液体を保持するに適するということは、予測できないことである。

このように、本願発明のびんは、実質的に無定形で配向していない頸部から、二軸配向されかつ結晶化している胴部へと、部位によつて結晶状態及び配向が異なつているのに対し、PETのフイルムは、前述のとおり形態及び配向が全体にわたつて均一であるから、PETのフイルムの前記物性から、本願発明のびんが加圧下の液体を収容できるという前記作用効果を予測することはできない。

第三  請求の原因に対する認否並びに被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  請求の原因四は争う。第一ないし第五の引用例に審決認定の事項が記載されていることは認める。

1  技術水準について

(一) 結晶ポリマの一般的性質

(1) 熱可塑性ポリマは、結晶性ポリマと非結晶性ポリマとに大別できる。結晶性ポリマは何らかの処理により結晶が生ずる性質のポリマであるが、その中でも、比較的結晶化度が高くなり得るポリマと比較的結晶化度が低いものしか得られないポリマとがあり、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン、PETなどは前者に属する。もつとも、前者にも、結晶化速度の極めて速いものとそうでないものがある。

(2) また、結晶性ポリマであつても、常に結晶化した状態にあるわけではなく、処理の仕方などによつて、現実的には非晶状態(無定形)となつている場合もあり、結晶化度も、低い状態から当該ポリマの最高の結晶化度に至るまで種々の状態をとり得る。

(3) 結晶性ポリマの各結晶部分は非晶部分の間に介在しているが、その大きさは極めて小さな微結晶のこともあり、大きく集合して球晶となつていることもあり、また、各微結晶部分が配向している(各結晶の方向がそろつている)こともあり、無配向の状態にあることもある。そして、結晶性ポリマは非晶状態の場合は透明であるが、光の波長を超えるような大きさの球晶が成長すると不透明化すなわち白濁化ないし失透する。また、各結晶部分はそれが介在する非晶部分よりも質がち密であるから、結晶化が進んでいるほどポリマ全体としての密度は大となる。

(4) 結晶性ポリマは、結晶融点Tm(結晶が完全に融解する温度)とガラス転移点Tg(分子の振動がなくなり、弾性ないし可塑性を失う温度)との間に結晶化温度(結晶が発生し成長する温度)を有する。

(5) 結晶の生じていない結晶性ポリマを結晶融点Tmとガラス転移点Tgとの間の適当な温度下で伸長すると、延伸により結晶の配向が生じて物理的特性が改善される。

(二) PETについて

(1) PETは、原告の主張どおり、四〇年以前から実用化されている熱可塑性結晶性ポリエステルであり、固有粘度(重合度ないし分子量の目安である。)にして〇・五五以上のものは普通に知られている。

(2) PETは、結晶化度六〇%程度にまで結晶化し得るポリマである。結晶化速度はポリプロピレンなどと比較して遅いから、急冷によつて容易に無定形(結晶化度〇)ないし無定形に近いものが得られる。

(3) PETの結晶融点Tmは約二五〇℃、ガラス転移点Tgは約七〇℃とされている。無定形の固体PETを加熱したとき結晶化が生じる温度(冷結晶化点)は一〇〇℃付近であり、また、溶融したPETを冷却した場合結晶化速度が速い温度は一八〇℃内外である。

(4) PETの結晶化速度はポリプロピレンのように速くはないから、ポリ塩化ビニリデンなどと同様に結晶融点Tmを超えて融解したものをガラス転移点Tg以下にすると容易に非晶状態(無定形)となり、この状態では機械的特性や熱安定性に劣るものとなるが、無定形PETを結晶融点Tm、ガラス転移点Tg間の適当な温度、すなわち延伸適温で伸長すると延伸による分子配向が生じ、二〇〇℃付近での熱固定により高度に結晶化した成形品となり物性が著しく改善される。

(5) PETの延伸適温は、無定形のフイルム等を加熱していつたときは、冷結晶化温度の直前の温度である八〇℃から一二〇~一三〇℃程度のところにあり、結晶融点(二五〇℃程度)から十分に低い温度である。

(6) 無定形PETは透明で、延伸して成形品にしても透明度は変わらない。これに対して、高度に結晶化した未延伸成形品は白濁して不透明であり、結晶部分が高分子の結び目の役割をするため、十分延伸できず、破壊しやすく、たとえ延伸できても均一に延伸されず、白濁した不透明の状態になつてしまう。高度に結晶化した状態のものを延伸成形しても満足な成形品にならないのは、PETに特有のことではなく、PETその他の結晶性熱可塑性ポリマ一般の性質である。

(三) 二軸延伸ブロー成形

(1) 結晶性ポリマの延伸による物理的性質の改善を目的として延伸適温下で伸長し結晶配向を生じさせる成形が延伸成形である。この中に端部を把持して金型内に入れた管状の予備成形体(パリソン、スラグ、チユーブ)内に空気を吹き込み膨張させて成形する二軸延伸ブロー成形がある。

(2) 延伸加工は、当該延伸成形に適した温度下で行うことが必要であるが、ポリマの種類が特定すれば、その性質や延伸率などに応じて延伸適温は決まる。

(3) 二軸延伸ブロー成形において、無定形パリソンのうち容器口頸部となる部分を把持してブロー成形すれば、口頸部は延伸されないから厚くて無配向であり、胴部は二軸延伸されるから薄くなり結晶が配向して透明性を維持できるとともに機械的強度も向上することはよく知られている。

PETについても、冷結晶化点以下に冷却した予備成形体を冷結晶化点近くまで再加熱して二軸延伸ブロー成形することは、米国特許第三、二九四、八八五号明細書(乙第七号証)、同第三、四七〇、二八二号明細書(乙第八号証)、同第三、二三一、六四二号明細書(乙第九号証)などの文献に示されているのである。

(四) 原告は、射出成形で作られたPETの成形品は、提案はされたが、本件優先権主張日前において製品化されたことはなかつたのであり、その理由は、本件優先権主張日当時における当業者の従来知識によれば、このようなPETの立体的成形品は無定形の状態であるか又は配向していない粗大結晶が不均一かつ部分的に生成した状態であつて、そのままでは無価値であり、ことに厚壁の立体的な成形品は繊維あるいはフイルムのように延伸することができないから、延伸によつて物性を改善することはできないと考えられていたことにあると主張する(請求の原因四1(一)(2))。

しかしまず、立体的成形品の成形には、射出成形だけに限られるものではなく、押出成形、ブロー成形その他種々の成形方法があるのであるから、PETが射出成形に不適当であつても、立体的成形品の材料として不適当ということにはならない。

本件優先権主張日当時の技術常識は、PETの射出成形による成形品は従来から提案はされていたが、熱的に寸法不安定であり、かつ衝撃に弱いという問題点があるから製品化されなかつたということであつたのであり、PETの射出成形による立体的成形品の存在及びPETを立体的成形品の素材樹脂とすることが従来から考えられてきたことを否定するものではない。

(五) 原告は、PETを素材樹脂として延伸ブロー成形により二軸配向したびんを作ることは、予備成形したパリソンを用いる方法によつても、あるいは割型の間にパリソンを用いる方法によつてもできないというのが本件優先権主張日当時における従来技術の状態であつた旨主張する(請求の原因四1(一)(2))。

(1) 射出成形等の溶融成形法によれば、基本的に成形金型から取り出したままの寸法形状が最終寸法形状として維持されなければならないから、伸張し延伸して変形するわけにはいかないし、技術的にみても全体として延伸拡大することはできない。この立体的最終成形品の延伸不能性は、PETに限らず、ポリプロピレンその他のポリマを素材とする立体的成形品についても同様である。

これに対して、二軸延伸ブロー成形容器のような立体的最終成形品を作るための予備成形体としてのパリソン(スラグ、チユーブ)はフイルムに比べて厚肉の立体的成形品ではあるが最終成形品ではなく、延伸前のフイルム等と同様に最終成形品の材料である。成形材料としてのパリソンは立体的最終成形品とは異なつて、ブロー成形により二軸延伸成形することができる形状である。このことは、パリソンの素材が延伸可能ないかなるポリマであるかを問わない。

(2) PETは結晶融点が約二五〇℃の周知の結晶性熱可塑性ポリマであることはさきに述べたとおりであり、PETを右融点以上に加熱し完全に結晶のない融解状態にして押出成形や射出成形等により溶融成形した成形品を成形直後に内部まで急冷することができれば、分子配向も結晶も生じずに固化するから、無定形(非晶状態)の透明な成形品が得られることが知られている。しかし、仮に急冷して透明なものができても、その強度は十分でなく温度の変化により変形しやすい。しかも、それは立体的最終成形品であるから、これを延伸して変形し物性を改善することは不可能である。また、溶融成形したPETの厚肉の成形品が徐冷されると、結晶の生じる温度域を通過する時間が比較的長くなるから、無配向の微結晶が生じ増大し成長して球晶となる。そして、可視光線波長を超えるサイズの球晶ができると、各結晶粒相互の結晶方向がそろつていないため、光を拡散反射(乱反射)し、製品は失透(白濁化)してしまう。このような無配向の結晶が生じたPETの成形品は剛くて(硬くて)脆く衝撃に対して弱い。

しかし、そうであるからといつて、PETを素材樹脂として延伸ブロー成形により二軸配向したびんを作ることは、PETのパリソンを用いてもできないというのが本件優先権主張日当時における従来技術の状態であつたとする原告の主張は甚だしい誤りであり、前記(三)(3)に挙げた米国特許明細書(乙第七ないし第九号証)によれば、PETのパリソンから二軸延伸ブロー成形品を得ることが困難であつたとはいえないことが明らかである。すなわち、

パリソンは、フイルムより厚肉の立体的成形品ではあるが、立体的最終成形品ではなく、これを延伸ブロー成形して立体的最終成形品を作るのに用いる材料であつて、これにふさわしい延伸可能な寸法形状のものである。したがつて、二軸延伸可能な性状のPETパリソンが得られれば、これを延伸適温で二軸延伸ブロー成形して立体的成形品にすることができることは、他の結晶性ポリマの場合と異ならない。

仮に、パリソンは射出成形等の溶融成形法によつて作る比較的厚肉の立体的成形品であるから厚壁の内部までの急冷が困難であり、無定形、すなわち透明のパリソンを得難いところに問題があつたとしても、そのことはいかに急冷して良好な出発材料としてのパリソンを作るかの方法の問題にすぎず、本願発明における薄肉の立体的最終成形品の寸法形状等についての問題ではない。

また原告の前記主張が、仮にPETのパリソンはできても、それから二軸配向したびんを作る成形方法ないし成形条件が当業者に予想もつかなかつたという趣旨であるとすれば、これはパリソンから二軸延伸ブローによりびんを作る成形方法ないし装置の問題であつて、本願発明における物品の寸法形状構造性状の問題ではないのである。

(3) 原告は、本願発明における素材としてのPETの採用が困難であつたことの立証として甲第一四ないし第二〇号証、同第二五、第二九号証の外国特許明細書等を援用している(請求の原因四1(一)(3))。

しかし、これらはすべてPETを素材とする最終的な厚肉の立体的成形品の満足できる性状のものを溶融成形法によつて得ることの困難性を指摘し、PET等の射出成形による完成品としての厚肉の立体的成形品を得るための改善策を提案している文献であつて、PETのパリソンから二軸延伸ブロー成形により最終的な薄肉の立体的成形品を得ることの困難性について言及しているものではない。かえつて、甲第一四号証、第一六ないし第一八号証などは、PETが延伸成形による成形品の材料として適することを積極的に述べつつ、射出成形により溶融成形した厚肉の完成品については問題があるとしているのである。

2  第一引用例記載の発明におけるポリエステルについて

(一) 審決が認定したとおり、第一引用例には、PETの予備成形されたチユーブを結晶融点以下の適当な温度に加熱し、一端を密閉するようにして吹込成形型内に挟持し、他端から圧力流体をチユーブ内に圧入してチユーブを軸方向に延伸し型内で膨張させて吹込成形したときに得られるような耐圧中空容器であつて、内径が小さく、より肉厚の頸部と内径が大きく、より肉薄の胴部を有し、胴部は二軸方向に配向されていて頸部より大きな密度を有するものが示されている。

(二) 熱可塑性ポリエステルの代表としてのPET

さきにも述べたとおり、PETは四〇年以上前に開発され、その後、繊維やフイルムの原料としてポリエステル以外のポリマとともに広く用いられてきた飽和ポリエステル(熱可塑性ポリエステル)である。熱可塑性ポリエステルとしては、PET以外のものも知られていたが、第一引用例の発明の特許出願時においても、本件優先権主張日当時においても、PET以外の熱可塑性ポリエステルで実用に供されていたものはない。ポリエステルの性質や応用に関する文献も大部分がPETを対象としている。このようにPETはポリエステルの代表とみられてきたのであり、PETのことをポリエステルと称している例は極めて多いのである。

このような事実に照らすと、本件優先権主張日当時において、当業者は、第一引用例記載のポリエステルはPETであると認識したはずである。第一引用例には、本願発明において特定的に使用されるPETについて何ら記載されていないとする原告の主張(請求の原因四1(二)(2)(3))は失当である。

原告は、PETが熱可塑性ポリエステルの代表であるとされるのは、PETが単に繊維及びフイルムの実際市場において重要な地位を占めているからにすぎないのであつて、びんのような成形品分野では代表的といわれている事実はなく、そのようなことを示す文献もないと主張する(前同(4))。

しかし、PETが当初は繊維の分野で実用化され、次いでフイルムやシートの分野で実用化され、それらの分野でポリエステルといえば必ずPETを想起し、PETを指してポリエステルというようになり、さらに第三引用例や英国特許第六〇九、七〇五号明細書(乙第一号証)などにおいてPETの立体的成形品が開示されるようになつた後、第一引用例に接する当業者は、そこに記載されたブロー成形品の素材としてのポリエステルを従来からフイルム等の成形品用の素材として周知となつていたPETとして認識し、第一引用例記載の発明はPETをブロー成形品の素材として用いるものと考えたはずである。また、ブロー成形品の分野においては、PET以外のポリエステルがPETと並び又はPET以上に実用化されていたという事実はなかつたし、本件優先権主張日当時には、第二引用例や、「PLASTICS AGE」第一三巻第六号 昭和四二年六月一日株式会社PLASTICS AGE発行第八三頁ないし第八四頁(乙第二号証)及び「押出成形」昭和四四年七月一〇日株式会社プラスチツクス・エージ発行 第一四九頁(乙第三号証)に記載のとおり、PETの立体的成形品という考えは一層多くなつていたから、当業者はますますPETを念頭に浮かべたはずである。

3  成形条件について

(一) 原告は、第一引用例記載の発明における結晶状態にある予備成形体をその結晶融点よりわずかに低い温度で延伸及び膨張させるという成形条件をもつてしては、PETの二軸配向した圧力下の液体を保持し得るびんを製造できないから、第一引用例は、本願発明のびんについて記載していないし、示唆もしていないことになると主張する(請求の原因四1(三)(2))。

まず、温度条件についてみると、第一引用例では、種々の成形方法を包括した一般的な説明のみならず、有底パリソンのブロー成形、無底チユーブ状パリソンの縦延伸後の一端又は両端挟持による横方向延伸及び右パリソンの金型自体の引延ばしによる縦延伸とその後の横延伸などの各成形方法について記載され、それらのすべてを通じて、素材を結晶融点よりも下にある温度に加熱し成形する旨記載されている(甲第一号証の一第一頁末行ないし第二頁第一行、第二頁第一五、一六行、第二七、二八行、第三頁第二、三行)。

これらの記載における説明は、素材を結晶融点よりも下の温度で成形するということであり、この説明は、当該方法が溶融ブロー成形ではなく、二軸延伸ブロー成形であることを明確にしようとしたものである。

第一引用例のいかなる個所にも、既に高度に結晶化した状態のポリマを結晶融点直下の温度で延伸するなどという一般的記載はない。第一引用例では、結晶融点が一三〇℃程度ないしそれよりわずかに上である高密度ポリエチレンを一〇〇~一三〇℃で予備加熱して成形する例が記載されている(甲第一号証の一第四頁第四行ないし第五頁第二行)が、これは単なる一実施例にすぎない。

原告はPETは結晶融点よりわずかに低い温度では延伸成形できないとするが、PETの延伸適温が結晶融点直下の温度ではなく、それより十分に低い温度(八〇~一二五℃程度)であることは、フイルム等の延伸に関する研究からPETの一般的性質として周知になつていた事項であるから、第一引用例記載の技術においてPETを素材とするときは、当然その延伸適温に従うべきことはいうまでもない。フイルムの場合の延伸成形の方法が異なるからといつて、同じPETを用いる以上、その一般的物性が異なることはないから、本願発明の検討に当たつて、延伸適温についての一般的知見を資料とすることには、問題はない。

(二) 次に、原告主張のように、第一引用例に記載されているポリエステルは、急冷しても結晶融点以下の温度では結晶状態でのみ存在するものであつて、その予備成形体は、結晶状態であるとすべきかどうかについて検討する。

第一引用例におけるポリマの性質に関する、比較的高い結晶化度のという旨の記載が含まれる個所(甲第一号証の一第五頁第二〇行ないし第二三行、前記英訳第六頁第一八行ないし第二二行)には、ポリマの比較的高度に結晶化する性質が記載されているのであつて、そのポリマが現実に高度に結晶化してしまつた状態が記載されているのではない。

前述したとおり、熱可塑性ポリマは、結晶性ポリマと非晶性ポリマとに大別できるところ、結晶性ポリマでも、十分結晶化したときの結晶化度が比較的低い値を示すもの(例えば、ポリ塩化ビニリデンなど)と、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン、PETなどの比較的高い結晶化度を示すものとがある。比較的高度に結晶化する高結晶性のポリマであつても、現に結晶を生じている結晶状態とそうでない非晶状態の二つの状態をとり得るし、同じポリマの結晶状態も高度に結晶化しているものから結晶化度の低いものまで処理条件により種々の状態をとり得る。例えば、本願明細書でいう、PETの予備成形体が「無定形」である状態は、PETが結晶化していないか、結晶化度が十分低い状態であり、成形後のびんの胴部は、PETが結晶化した状態にあるわけである。

第一引用例の前記個所には、「いずれの熱可塑性材料もこれらの方法に用いることができる。例えば高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン、ポリエステルのような比較的高度の結晶性を有する物質も、低密度ポリエチレン及びポリビニルクロライドも使用できる。」と記載されている。ここでいう「比較的高度の結晶性を有する物質」は、比較的高度に結晶化する性質を持つた物を指しているのであつて、現実に高度に結晶化してしまつた状態のポリマをいうものではない。

のみならず、現に高度に結晶化した状態になつたものは、そのまま延伸して延伸方向に結晶を配向させたり、結晶の配向方向を変えたりすることはできないから、右の「比較的高度の結晶性を有する物質」は、現実に高度に結晶化してしまつた状態のポリマをいうと解するのは、周知の技術的知見を無視するものであつて、不合理である。

4  第二引用例には、結晶化度が〇~二五%、透明な成形品を得る場合には〇~一〇%のPETのフイルム又はシートを七五~一八〇℃の温度に加熱し、深絞り真空成形によりPETの立体的成形品を成形する方法が記載されている。

そして、第二引用例には、「真空深絞り法ではポリエステル物質の延伸現象が生じ、即ち絞り作用を受けた成形品表面にある程度の配向が起こるから、成形品表面は特に良い機械的特性を有する。」(甲第二号証第二頁右欄第二三行ないし第二六行)と記載されており、成形温度七五~一八〇℃はPETの延伸温度であることを示唆している。そして、右成形温度について、特に透明な成形品を成形する場合には七五~一二〇℃の温度に加熱する必要があると記載されており(同第二頁右欄第三二行ないし第三七行)、この温度は本願発明の成形品の成形温度とほぼ一致している。

また、真空成形法として、機械的な予備延伸を伴うメス型成形も利用されると記載されており(同第二頁右欄第二行ないし第四行)、この場合には部分的に二軸配向がもたらされることになるから、その成形品は、本願発明と同様に部分的に二軸配向されたものであることも、当業者にとつては普通に予測できるところである。

そして、PETのシートは、予備成形体といい得るものであるから、第二引用例の成形方法は、本願発明の成形品の成形方法と比較して、深絞り真空成形か延伸ブロー成形かということでは相違するが、PETについての成形条件は、基本的にはほとんど変わらないといつても過言ではない。

それゆえ、第二引用例が二軸延伸したびんの製造におけるPETの使用を何ら示唆しないものであるという原告の主張(請求の原因四1(四))は失当である。

5  作用効果について

PETを含む種々の熱可塑性ポリマ等から成るフイルムの機械的強度、耐気体透過性、耐熱変形性等の物性は本件優先権主張日当時周知であり、また、各種の結晶性熱可塑性ポリマを延伸成形すると、未延伸のものに比べて、引張り強度、耐衝撃性、耐透湿性及び耐気体透過性が向上することも本件優先権主張日当時周知なのであつて、ポリマの種類によつて程度の差はあるが、延伸による右の効果は結晶性熱可塑性ポリマに共通する性質である。そして、これらのポリマの中で、PETは引張り強度、耐衝撃強度、水蒸気透過率、気体透過率及び熱収縮率などの点において全体として優れた特性を示し、延伸した場合には透明で金属アルミニウムに匹敵するかこれを上回る大きな引張り強度と靱性ないし耐衝撃性を有し、熱による変形も小さく、優れた耐透湿性及び耐気体透過性を有するものが得られることも本件優先権主張日当時周知であつた。

各種ポリマの延伸効果を含めた物性についての周知の知見は、繊維やフイルムの成形技術がブロー成形技術に先行したため、繊維やフイルムについての研究を通じて得られたものが多い。しかし、いつたん得られた物性値のデータは、当該ポリマについての客観的なデータであるから、化学構造、したがつて物性が同じ当該ポリマを用いた成形品に一般的に妥当する。このことは、結晶化温度、延伸適温、延伸による結晶配向、配向による機械的強度の向上、耐気体透過性などのいずれについても変わるところがない。

また、ポリプロピレンや塩化ビニリデン等の二軸延伸ブロー成形品も頸部と胴部で厚さや直径等が異なり、位置によつて配向度及び結晶化度を異にするのに、圧力下の液体を保持でき、かつこれらのびんの性能は、フイルムと同様の傾向を示し、同種のポリマから成るフイルム等の測定により知られている特性値から予測できるのであるから、PETに限つて、フイルムについてのデータから予測できないものということはできない。

したがつて、二軸延伸ブロー成形容器の材料としてPETを用いた場合の原告が主張する作用効果は、従来周知の知見から容易に類推できるものである。以上のことを本願明細書中の説明に即して述べると以下のとおりである。

(一) 胴部の引張り強さは、PET及びこれを延伸したことによつて得られる当然の効果である。すなわち、本願明細書における実施例では、引張り強度が、五四八~二一三〇kg/cm2と記載されている。これは、本願明細書に記載された程度の延伸率で成形したPETの延伸フイルムなどが示す通常の値の範囲内にある。したがつて、引張り強度は、当業者が普通に予測できる通常の効果である。

(二) 耐衝撃強度は、固有粘度〇・五五以上の普通のPETを用いた当然の効果である。すなわち、PETの固有粘度(重合度)が増大すると耐衝撃性が向上することは知られているが、本願明細書では、固有粘度〇・八五以上の三種のPETから成るびんの落下試験の結果に関するごく一般的説明が記載されているだけであつて、本願発明に固有の意外な効果の記載はない。

(三) 耐熱性ないし温度変化による変形が少ないということは、PETの本来の物性及びPETを二軸延伸して熱固定したことの当然の効果である。本願明細書中には、五〇℃、一〇〇時間で五%以下の変形(変形常数少なくとも〇・六五)という一般的説明があるが、これもPETの延伸ブロー成形品として何ら特別の数値ではない。

(四) 耐気体透過性は、PET本来の性質に加え、これを適当な厚さに二軸延伸して結晶を配向させたことによる当然の効果である。本願明細書では、この性質が結晶化度、全表面積、室温、内圧、その他の条件により影響されるところ、本願発明のびんは要求される商業的標準に十分合致する旨記載され、特定の条件下における水蒸気、炭酸ガス及び酸素の透過率を数値で示した一般的説明が記載されているが、これも延伸したPETに当然考えられる数値にすぎない。

6  以上のとおりであるから、本願発明は、第一引用例その他審決が挙示した引用例並びに周知の知見から容易に推考できたものであつて、その進歩性を否定した審決の判断は相当である。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  まず、成立に争いのない甲第一〇号証によると、本願明細書第六頁第三行ないし第九行に、「炭酸飲料またはエアゾルのような圧力下の液体のびん詰めにおいて有用ならしめる特性を有するプラスチツクびんを製造するために必要な装置を用いる経済的な方法が要望されている。かくして、本発明は改良せる強度性質を有する中空の二軸配向した熱可塑性樹脂製品を製造するための方法および装置を提供するものである。」との記載のあることが認められるが、前記の発明の要旨によると、本願発明は「びん」という「物」に係るものであるから、「炭酸飲料またはエアゾルのような圧力下の液体のびん詰めにおいて有用ならしめる特性を有する」、すなわち「改良せる強度性質を有する中空の二軸配向した熱可塑性樹脂製品」である「プラスチツクびんの発明であるというべきである。

また、第一ないし第五の各引用例に審決認定の事項が記載されていることは、当事者間で争いがない。

2(一)  しかして、成立に争いのない甲第一号証の一(第一引用例)、同号証の二(同英訳)によると、第一引用例には、「本発明は容器のような強固な中空製品を熱可塑性樹脂材料から製造する方法に関する。」(第一頁本文第一行ないし第二行)、「本発明は、熱可塑性材料を炭酸飲料用の圧力がかかる容器、例えばビール、ミネラルウオーター、ガスシリンダー及び同様な容器に使用することができることを可能にした。」(第五頁第三三行ないし第六頁第一行)との記載があることが認められ、この記載によると、第一引用例には、熱可塑性樹脂から成る、炭酸飲料用のような中空の耐圧容器が開示されているものということができる。

さらに、右甲第一号証の一、二によると、第一引用例には、「本発明の方法により製造される中空容器は次のとおりである。すなわち、熱可塑性材料のチユーブを通してその材料の(下記に定義するような)結晶融点以下のある温度に加熱し、チユーブの一端又は両端をつかむ方式で一端又は両端を閉じ、このように加熱し、保持したままで一又はそれ以上の方向の膨張力を加え、このチユーブの形状がチユーブの周りに置かれている型の形状になるようにする。その後、この膨張されたチユーブをその形状が永久化するように十分冷却するまで、これらの力の影響下に置いたままにしておく。(中略)さらに、本発明の方法により、中空容器は、既に一方が閉じられた熱可塑性材料のチユーブを型の中に挿入し、そのチユーブを加熱流動物質を用いて、結晶融点以下のある温度に加熱して製造できる。そして加熱流動物質は、チユーブが型の形状に順応するまで、縦方向並びに横方向に膨張させるため、十分な圧力下にチユーブ中に導入され、その後膨張されたチエーブが十分冷却され、固化した形になるまで圧力が維持される。閉じられたチユーブは、密閉のためあらかじめ押し出してあるチユーブで形ができていてもよく、あるいは例えば射出成型で製造された成形原型であつてもよい。」(第一頁本文第一二行ないし第二頁第二二行)との記載及び「いずれの熱可塑性材料もこれらの方法に用いることができる。例えば高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン、ポリエステルのような比較的高度の結晶性を有する物質も、低密度ポリエチレン及びポリビニルクライドも使用できる。」(第五頁第二〇行ないし第二三行)との記載があることが認められ、これらの記載によると、第一引用例記載の発明において、熱可塑性樹脂から成る、炭酸飲料用のような中空の耐圧容器の素材である熱可塑性樹脂としてポリエステルを使用することができること及び右容器を、パリソンを二軸延伸ブロー成形して製造することがそれぞれ開示されているものということができる。そして、右甲第一号証の一、二によると、第一引用例における実施例では、熱可塑性樹脂として線状ポリエチレンを挙げている(第四頁第四行及び第一〇行)ことが認められるが、右に認定したように、第一引用例の一般的説明では、熱可塑性樹脂として高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン、ポリエステルのような比較的高い結晶化度の材料を使用できる旨記載されているところである。

(二)  しかして、成立に争いのない乙第四号証(工業大事典17 昭和三七年五月三〇日平凡社発行)によると、同事典の第一六頁左欄の表を除いて第一六行ないし第一九行に、「ポリエステル pollyester」として、「ポリエステル系高分子化合物としてはアルキド樹脂、不飽和ポリエステルのほかに、ポリエチレンテレフタレート(PETP)によつて代表される熱可塑性ポリエステルがある。」との記載があることが認められ、また、成立に争いのない乙第五号証(プラスチツクハンドブツク 昭和四四年六月二〇日株式会社朝倉書店発行)によると、同書第五〇八頁第一〇行ないし第一一行に、「ポリエステル系のプラスチツクとしてはアルキド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂のほかにポリエチレンテレフタレート(PETP)によつて代表される熱可塑性ポリエステルがある。」との記載があることが認められる。

これらの刊行物の発行年月日及び記載によると、本件優先権主張日当時はもちろん、第一引用例の前示出願公開日においても、PETは、熱可塑性ポリエステルの代表的なものであるということが周知の知見であつたというべきであるから、当業者は、前判示のとおり、熱可塑性樹脂から成る、炭酸飲料用のような中空の耐圧容器の素材である熱可塑性樹脂としてポリエステルを使用することができ、また、右容器を、パリソンを二軸延伸ブロー成形して製造することが開示されている第一引用例記載の発明における熱可塑性ポリエステルとしてPETを認識し得たものと認めるのが相当である。

(三)  この点に関し、原告は、第一引用例の前記第五頁第二〇行ないし第二三行の記載は、ポリエチレンを観念上の熱可塑性樹脂に拡大し、かつ通常の熱可塑性樹脂数種を単に羅列したにすぎず、しかもポリエステル化合物に関しては、それらを総称する用語「ポリエステル」をもつて表示するだけで、具体的なポリエステル化合物については何らの記載がないので、第一引用例の右記載においては、PETのびんに関し何ら具体性のある開示がなされているものということはできない旨主張する(請求の原因四1(二)(3))。

しかしながら、成立に争いのない甲第二号証(第二引用例)によると、第二引用例の第一頁発明の詳細な説明の項の左欄第三行ないし第六行に、「溶融流動性になるまでポリエステルを加熱し、この溶融物を成形させ、さらに所望の形状で再び固化させることによつてポリエチレンテレフタレートから成形品を製造することは公知である。」という記載、また、第二頁右欄第三二行ないし第四二行に、「本発明の方法の好ましい実施法によると、特に透明な成形品を収得することができる。この実施法は、一四~一六の溶液粘度と〇~一〇%の結晶度とをもつポリエチレンテレフタレートの板またはフイルムを七五~一二〇℃の温度に加熱したものを成形することから成る。一二齢〇℃以上の温度に加熱されたポリエチレンテレフタレートは、これを真空深絞り法で成形すると、著しい程度に不透明である成形品を与える。この乳濁化を惹起する光の散乱反射はおそらく一二〇℃以上では顆球結晶が生成したことに由るものと思われる。」という記載があることが認められ、この記載によれば、第二引用例には、七五~一二〇℃の温度で真空深絞り法で成形することにより透明なPETの成形品が得られることが開示されているが、同引用例においても、前記のとおりポリエステルとPETを同一に呼称していることが認められ、成立に争いのない乙第一号証(英国特許第六〇九、七九五号明細書)によると、その完全明細書の特許請求の範囲第一、第二項に、PETを高融点金属成形型面に対して圧入し、次いでこれを冷却固化させる方法による、新規にして改良された成形物品の製造方法を要旨とする発明が開示されていることが認められ、成立に争いのない乙第二号証(「PLASTIOS AGE」第一三巻第六号昭和四二年六月一日株式会社PLASTIOS AGE発行)によると、同誌の第八三頁の本文左欄第一行ないし第五行に、「ポリエチレンテレフタレート樹脂は従来から主に繊維材料として用いられてきたが、その後プラスチツクフイルム材料としても使われるようになり、最近では押出および射出成形用の材料がつくられるようになつた。」との記載があることが認められ、また、成立に争いのない乙第三号証(「押出成形」昭和四四年七月一〇日株式会社プラスチツクス。エージ発行)によると、同書の第一四九頁右欄本文第一四行ないし第二四行に、「PETは繊維、フイルムとして使用されてきたが、成形品としては実用化されていなかつた。この最大の原因はPETの結晶化挙動によるもので、PET単独ではもろく、熱安定性が悪いなどの実用上の欠陥のため、射出成形は不可能である。これを改良するため、ガラス繊維などを配合したFR-PETが帝人で開発されている。またオランダのALGEMENEKUNSTZIJDE UNIE N.V.(AKU)社では射出成形、押出成形に適するPET樹脂をARNITEの商品名で販売している。」との記載があることが認められるのであり、右第二引用例、英国特許第六〇九、七九五号明細書、「PLASTIOS AGE」及び「押出成形」の各記載によると、PETを立体的成形品の素材として使用することが開示されているものということができる。そして、立体的成形品の素材の熱可塑性ポリエステルとして、PETと並んで、あるいはPETに代わつて用いられる樹脂が存在することを認めるべき証拠はないのである。

(四)  さらに、成立に争いのない甲第八号証(昭和四四年((一九六九年))一〇月二七日公告の同年特許出願公告第二五四七八号公報)によると、同公報第一頁の発明の詳細な説明の項の第一欄第三五行ないし第二欄第一一行に、「本発明は熱可塑性樹脂を溶融し管状に押出すこと、その管状体を結晶性樹脂の場合には球晶の発生しない非晶質管状体を得られる温度に急冷すること、また無定形樹脂の場合には延伸最適温度まで冷却すること、冷却された管状体を延伸最適温度で縦方向に延伸すると、縦方向に延伸された管状体を型に入れ、一端を型に挟み、他端より流体を圧入して膨張させ型に密着させること、型に挟み込まれた一端を溶着することにより熱可塑性樹脂より中空成形品を造る方法に関するものであり、縦横二方向に延伸効果が附与されることにより、結晶性有機熱可塑性樹脂の場合には、透明度物性の向上をはかることができ、また非晶質熱可塑性樹脂の場合には強度を向上させることができるものである。」という記載があることが認められ、この記載によると、熱可塑性樹脂の非晶質管状体を二軸延伸ブロー成形することにより、透明度、物性の向上した中空容器が得られることが開示されているものというべきである。

(五)  これらの事実を総合すると、第一引用例にはPETのびんに関し何ら具体性のある開示がなされているものということはできないとする原告の主張は採用できず、請求の原因四1(二)(1)に摘記された審決の認定(第一引用例に開示された技術内容の認定)は正当として是認できる。

3  原告は、審決が「第一引用例記載の熱可塑性のポリエステルを即ポリエチレンテレフタレートと認識することは、当業者の常識であるものと認める。」としたのは、第一引用例が開示している技術内容の認定を誤つたものであると主張し、その理由の第一として、本件優先権主張日当時の技術水準においては、PETは成形品素材として不適当なポリマとされていたということを主張する(請求の原因四1(一))ので、この点について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第二〇号証(一九七四年六月二八日発行の米国特許第三、八二一、三四九号明細書)によると、同明細書の第一欄発明の背景の項第七行ないし第一五行に、「ポリエチレンテレフタレートは、ずつと以前から、多くの最終用途において、経済上極めて重要とされてきた、市販の樹脂である。この樹脂は、急冷しそして配向させることによつて透明なフイルムを作ることができるが、比較的厚いセクシヨンでは、白色不透明の外観を呈する。この材料は厚いセクシヨンが不透明になる傾向を有するので、従来、予備成形したパリソンを用いてびんを作ることはできないと考えられていた。」という記載があることが認められ、この記載からすると、本件優先権主張日より後の一九七四年六月二八日当時においても、厚肉の透明なPETのパリソン自体を得ることが困難な技術水準にあつたものということはできる。

しかし、厚肉の透明なPETのパリソンを製造することと、PETを用いてびんを製造することとは、別個の技術的課題に属することであり、前者の技術的課題の解決の困難性をもつて直ちに、後者の技術的課題についての認識がなかつたとか、その課題の解決が困難であつたということはできないのであつて、厚肉の透明なPETのパリソン自体を得ることが困難な技術水準にあつたということは、第一引用例記載の発明におけるびんの素材として無定形のPETを使用することが当業者において認識し得るところであつたとの前記判断を何ら左右するものではない。

(二)  また、成立に争いのない甲第二九号証(昭和四四年((一九六九年))一月一〇日公告の同年特許出願公告第四五七号公報)によると、同公報の第一頁発明の詳細な説明の項の左欄第一五行ないし同頁右欄第一一行に、「繊維およびフイルム成形の場合は第一段として急冷し無定形の状態に賦形した後次いで延伸-熱処理等の操作により結晶化を進めることが可能でかくすることにより満足な製品が得られる。しかるに、このような延伸等の操作を行うことができない一般の射出成形品等を成形する場合は通常の熱可塑性樹脂の成形条件である金型温度七〇~一一〇℃では溶射されたポリエチレンテレフタレートが固化成形されるとき充分な結晶化が行われず、成形品の外観、物性共に不均一になり易くまた熱安定性、寸法安定性に著しく劣り使用に耐えるものは得られない。」との記載があることが認められるが、この記載は、繊維及びフイルム成形の場合には、成形物を急冷し無定形の状態にした後延伸-熱処理等の操作により結晶化を進め得るのに対し、一般の射出成形品の場合は、充分な結晶化が行われないため、成形品の熱安定性、寸法安定性が著しく劣るが、右成形品は延伸等の操作を行うことができないため、右欠点を改善できないことを述べているものと理解される。したがつて、右公報の右記載は、PETを素材とする厚肉の立体的最終成形品の満足できる性状のものを溶融成形する場合の困難性を述べているにとどまり、第一引用例記載の発明におけるびんの素材として無定形のPETを使用することは当業者の認識し得るところであつたとの前記判断を左右するものではない。その他、成立に争いのない甲第一四号証(英国特許第一、一五八、三四八号明細書)、甲第一五号証(米国特許第三、五四六、三二〇号明細書)、甲第一六号証(同第三、五六二、二〇〇号明細書)、甲第一七号証(英国特許第一二〇八五八五号明細書)、甲第一八号証(米国特許第三、六九二、七四四号明細書)、甲第一九号証(同第三、八一四、七八六号明細書)、甲第二五号証(英国特許第一二三九七五一号明細書)における各記載も、PETを素材とする厚肉の立体的最終成形品の満足できる性状のものを溶融成形する場合の困難性を述べている以上のものとは認められず、右各記載をもつてしても、前記判断を左右するに足りないし、ほかに右判断を覆し、本件優先権主張日当時の技術水準においては、PETは成形品素材として不適当なポリマとされていた旨の原告の前記主張を認めるに足りる適確な証拠はない。

4  原告は、審決が「第一引用例記載の熱可塑性のポリエステルを即ポリエチレンテレフタレートと認識することは、当業者の常識であるものと認める。」としたのは、第一引用例が開示している技術内容の認定を誤つたものであると主張し、その理由の第二として、第一引用例に開示された成形条件では、PETを用いて延伸及び膨張できないと主張する(請求の原因四1(三))ので、この点について判断する。

(一)  原告はこの主張の根拠として、第一引用例記載の発明の成形温度条件としては、同引用例に記載されている一〇〇~一三〇℃という温度はパリソンを膨張させ配向させる温度としては余りに広すぎるから、米国特許第三、二八八、三一七号明細書(甲第二六号証)の記載に従い、結晶融点よりわずかに下の温度と考えるのが合理的であるところ、PETは結晶融点よりわずかに下の温度では高い結晶化度を有し、たとえ無定形のPETを用いたとしても、高度の結晶化を生じ、このようなPETの予備成形体はこれを延伸することも膨張させることもできない点を挙げる(請求の原因四1(三)(2))。

しかしながら、前掲甲第一号証の一、二によると、第一引用例において延伸及び膨張についての具体的な実施条件の開示があるものはポリエチレンのみである(結晶融点が一三〇℃程度ないしそれよりわずかに上である高密度ポリエチレンを一〇〇~一三〇℃で予備加熱して成形する実施例が記載されている。第一引用例第四頁第四行ないし第五頁第二行)ことが認められるが、さきに判示したように、第一引用例においては、ポリエチレンのほかに、ポリプロピレン、ナイロン、ポリエステル、あるいはポリビニルクライドのパリソンを二軸延伸ブローに使用することが開示されているのであつて、第一引用例記載の発明におけるパリソンはポリエチレンに限定されないのであり、しかも、熱可塑性重合体の種類が相違すればその延伸及び膨張適温が相違することは自明であるから、第一引用例の実施例に挙げられている高密度ポリエチレンの成形温度が一定の幅を持つているところから(原告の言い方によれば「広すぎる」から)、第一引用例記載の発明における成形温度を前記米国特許第三、二八八、三一七号明細書の記載に従つて、結晶融点よりわずかに下の温度と考えるほかなく、そう考えるのが合理的であるとする原告の主張は理由がない。

さらに、成立に争いのない乙第九号証(一九六六年一月二五日発行の米国特許第三、二三一、六四二号明細書)によると、同明細書の第四欄の第Ⅱ表として本判決別紙(1)記載のTABLE Ⅱのとおりの表が記載されていることが認められ、この表によると、ポリエチレンの延伸に適当な温度は、原告主張のように結晶融点に近接したものであるということができるのに対し、同号証によると、同明細書第三欄の第Ⅰ表として本判決別紙(1)記載のTABLE Ⅰのとおりの表が記載されていることが認められ、この表によると、PETの第二次転位温度は七〇℃、結晶融点二五五℃、延伸適温は八五~一一〇℃とされているのである。このことに、さきに判示したとおり、第二引用例においては、PETの板又はフイルムを七五~一二〇℃で成形することが記載されていることを合わせ考えると、PETのパリソンを右に摘記した八五~一一〇℃あるいは七五~一二〇℃とは著しく相違する結晶融点二五五℃よりわずかに下の温度で延伸することを当業者が採用するとは到底考えられないというべきである。したがつて、PETのパリソンの延伸温度としてポリエチレンと同様に結晶融点よりわずかに下の温度を採用するという、考えられない温度条件を仮定して、そのことを根拠に第一引用例記載の発明の素材樹脂としてPETを採用することはできないとする原告の前記主張は理由がない。

なお、成立に争いのない甲第二三号証(ジヨージ・ジエー・オスタプチエンコの宣誓供述書)に記載の実験結果は、PETのパリソンを結晶融点直下に加熱したことによりPETの予備成形体を延伸及び膨張させることができなかつたというものであつて、PETのパリソンを結晶融点直下で延伸することを当業者が採用するとは到底考えられないこと、右に述べたとおりである以上、甲第二三号証をもつてしても、原告の前記主張の証左とすることはできない。

(二)  原告はさらに、第一引用例の前記第五頁第二〇行ないし第二三行の記載中において、高い結晶化度の熱可塑性材料として特定的に高密度ポリエチレン、ポリプロピレン及びナイロンを例示しており、これらのポリマはいずれも、溶融状態から急冷されてもその結晶融点以下の温度では結晶状態でのみ存在するものであり、その予備成形体は結晶状態であり、したがつてまた、第一引用例に非特定的に例示されている「ポリエステル」という広い範囲から特定のポリマを選択するとすれば、必然的に、前記米国特許第三、六九二、七四四号明細書(甲第一八号証)に示されているトリメチレン、テトラメチレン、ヘキサメチレンポリテレフタレートに限られるのであり、第一引用例記載の発明における熱可塑性材料にPETは含まれないと主張する(請求の原因四1(三)(2))。

しかしながら、第一引用例に例示の高密度ポリエチレン、ポリプロピレン及びナイロンのすべてが仮に結晶融点以下の温度では結晶状態でのみ存在するポリマであるとしても(ただし、ナイロンについては疑問のあるところである。)、第一引用例では、右ポリマは比較的高度の結晶性を有するポリマとして例示されているにすぎないことが前記第五頁第二〇行ないし第二三行の記載から明らかであるのみならず、前掲甲第二号証(第二引用例)によると、第二引用例の第二頁左欄の第1表として本判決別紙(2)のとおりの記載があることが認められ、これによると、PETは比較的高度の結晶性を有する熱可塑性ポリエステルであり、右の例示のポリマに含まれるものということができるのである。しかも、前掲甲第二九号証によると、昭和四四年特許出願公告第四五七号公報の第一頁右欄第一六行ないし第二〇行に、PETに関して、「肉厚が薄いものの場合金型温度を約七〇℃以下とすれば溶融物は金型壁面で直に内部まで急冷を受けほぼ無定型状態の均一かつ透明な成形物を得ることができる。」との記載があり、また、同頁同欄第二九行ないし第三四行に、同じくPETに関して「肉厚が厚いものの場合溶融物は金型の壁面に接した部分より冷却固化するが熱伝導度が小さく温度の分布が全体に均一にならないので内部は表面程急冷されず徐冷され結晶化が進行する。従つて表面はガラス状で透明、内部は白色不透明となり外観不均一となる。」との記載があることが認められ、これらによると、第一引用例例示のポリマに含まれるPETは、均一に急速に冷却すれば透明成形体が得られるポリマであるということができ、したがつて、第一引用例の前記記載中におけるポリマの予備成形体が、結晶状態であるということもできない。結局、原告の右主張は採用し得ない。

以上のほか、第一引用例に開示された成形条件では、PETを用いて延伸及び膨張できないとする原告の前記主張を認めるに足りる適確な証拠はない。第一引用例には、PETを用いて延伸及び膨張できる成形条件が開示されているということができる。

そうすると、熱可塑性ポリエステルを素材樹脂として予備成形されたチユーブを二軸延伸ブロー成形により成形したびんが記載されていること当事者間に争いがない第一引用例の熱可塑性ポリエステルにはPETが含まれているとみることができる以上、本願発明の要旨の(A)の構成要件のうち、PETを素材樹脂として(その予備成形体を吹込成形により)成形したびんは第一引用例記載のびんと右の限度において実質上同一であることが明らかであるから、本願発明に係るびんの(予備成形体の吹込成形による成形の)素材樹脂としてPETを使用することは第一、第二引用例記載のものから容易に推考し得たものであるとした趣旨の審決の認定、判断は、「吹込成形によるびんの素材としてポリエチレンテレフタレートを使用することは第二引用例記載の技術事項から当業者が容易に実施できることでもある」とした部分の誤りをいう原告の主張(請求の原因四1(四)について審究するまでもなく、結論(本願発明の特許性の否定に結び付く判断)において正当というべきである。

5  作用効果の看過について

(一)  原告は、審決は、本願発明のびんが本願発明の要旨に記載のすべての要件を具備することにより奏する顕著な作用効果を看過したと主張するので、本願発明の作用効果の顕著性の存否について判断する前提として、本願発明の各構成要件の技術的意義についてまず検討する。

(1) 固有粘度〇・五五以上の結晶可能なPETを採用する点について

成立に争いのない甲第三号証(第三引用例)によると、第三引用例の第二頁左欄第三九行ないし第四一行には、「ここに用いる固有粘度(n)0はポリエステルの重合度の目安であつて<省略>のCが〇に近づいた極限として定義される量である。」との記載があることが認められ、この記載によると、固有粘度は重合体の重合度の目安であり、この値が大きいほど重合体の分子量が大きく、また、これから得られる立体成形品の強度が大きいことは自明のことであるということができる。また、前掲乙第五号証によると、前掲「プラスチツクハンドブツク」の第五一四頁第一九行ないし第二〇行に、「固有粘度〔η〕は〇・五五~〇・六五とすると重量平均分子量は二二〇〇〇~二七〇〇〇となる。」との記載があることが認められ、この記載によると、固有粘度〇・五五以上の結晶可能なPETは本件優先権主張日前に公知のものであつたということができる。右にみたところによると、本願発明で採用した右のような固有粘度の値を有するPETを採用することは、当業者にとつて何らの困難性も認められないというべきである。

(2) びんは、内径がより小さくかつより肉厚の頸部と、内径がより大でかつより肉薄の胴部との少なくとも二つの部分を有する点について

一般に、普通のびんは機能及び用法上当然に頸部より胴部の方が内径が大となるだけでなく、前掲甲第一号証の一により認められる第一引用例の図面2(本判決別紙(3))からも認められるように、パリソンを使用して中空成形品を製造する場合には、頸部は握持されており二軸に延伸できないから、頸部の内径及び肉厚が胴部のそれらに比して小さくなることは当然予想されたことである。

(3) 該頸部は実質的に無定形である点について

右に述べたように握持部において延伸が十分に生じない以上、無定形パリソンを使用した場合にはその部分が実質的に無定形であることも当然のことであり、頸部が実質的に無定形である点についても、当然に予想されたことである。

(4) 胴部は二軸方向に配向されていて、該頸部よりも大きな密度と少なくとも一五%の結晶化度を有し、該胴部の最大直径部分の厚さは〇・二五四~〇・七六二mmの範囲で、しかもその縦軸方向の引張り強さは三五一・四~二一〇九・二kg/cm2及び円周方向の引張り強さは一四〇六・二~五六二四・八kg/cm2である点について

成立に争いのない乙第一一号証(「ブロー成形」 昭和四五年二月二〇日株式会社プラスチツクス・エージ発行)によると、同書の第一六〇頁右欄第七ないし第九行に、「ポリカーボネートは強いのでコスト的に肉厚は薄いほうが有利であるが、均一性、透過性などから実際には〇・五mmくらいが限度であろう。」との記載があり、同書第三〇四頁左欄第一三行ないし第一九行に、「南ドイツではPVCのビールびんが開発されている。SCHIFFRAUREI社では一九六八年一〇月に三三〇mlPVC容器にはいつたビールが発表された。この容器は高さ一五八mm、直径六八mm、平均肉厚〇・五mmで重量は三〇gである。メーカーは保証期間を六週間としている。しかし炭酸ガスの透過率はそれほど多くなく、二〇℃で三ヵ月保存した場合に五%の炭酸ガスが透過するという。」との記載があることが認められ、また、成立に争いのない乙第一三号証(「PLASTICS AGE」第一五巻第五号 昭和四四年五月一日株式会社プラスチツクス・エージ発行)によると、同誌第一〇四頁左欄第五行ないし第八行に、「10W/30 motor oil (SHELL X-100)500ml高密度ポリエチレン(密度〇・九五)、〇・五mm平均肉厚の容器で五〇℃、一年間の重量損失は無視できるほど少ない。」との記載があることが認められる。右のうち、「ブロー成形」は本件優先権主張日の一か月余り後に刊行されたものであるが、本件優先権主張日当時の周知の知見をも記載したものと推定されるところ、右各記載によると、ポリカーボネート、塩化ビニルあるいはポリエチレン等の各種プラスチツク容器の肉厚として〇・五五mm程度のものを採用することは普通のことであつたものと認めるべきであるから、このことを参照してPETのびんの肉厚を前記のものに決定したことに、格別困難性は認められないというべきである。

また、成立に争いのない甲第九号証(昭和四二年二月一〇日株式会社地人書館発行「高分子材料の工学的性質Ⅱ」)によると、同書第七五頁の表4・2・7に、PETの引張り強さは未延伸フイルムで六~七kg/mm2(すなわち、六〇〇~七〇〇kg/cm2)、延伸フイルムでは一四~二五kg/mm2(すなわち、一四〇〇~二五〇〇kg/cm2)に増大する旨の記載があることが認められ、また、前掲乙第五号証によると、前掲「プラスチツクハンドブツク」の第五一六頁に、表2・16・2として本判決別紙(4)のとおりの表が記載されており、そこにPETの延伸フイルムであるマイラーフイルムの引張り強さが一七〇〇〇~二五〇〇〇psi(すなわち二九五・二kg/cm2~一七五七・七kg/cm2)の引張り強さを有するものである旨の記載があることが認められる。そして、本願発明のびんの胴部分は右フイルムと同様に延伸され配向していることを考慮すると、本願発明の製品の引張り強さを本願発明が限定したように規定することも容易なことであつたというべきである。

胴部が頸部よりも大きな密度を有することについてみると、右に述べたように、頸部が無定形状態であるのに対し、胴部は延伸により配向されており、頸部に比して当然に結晶化度が高いのである。そして、前記第二引用例の第二頁の第1表(本判決別紙(2))から理解できるように、結晶化度が高いものは密度の大きいことは自明のことである。

また、少なくとも一五%の結晶化度を有することについても、右にみたとおり、胴部は延伸され結晶化が進むものであり、右第二引用例の第二頁の第1表の記載からみて、PETの結晶化度は〇・六〇%の範囲内にあると認められるから、右結晶化度の限定に格別困難性を認めることはできない。

(5) びんのすべての部分の密度は一・三三一~一・四〇二の範囲にある点について

右第二引用例の第二頁の第1表(本判決別紙(2))の記載からみて、右の密度一・三三一~一・四〇二という値は、結晶度〇%から最高結晶化度である六〇%の範囲内の結晶化度を表すにすぎず、このような範囲の限定に技術的意義は認められない。

(6) びんの重量(グラム)対内容積(cm3)の比率が〇・二ないし〇・〇〇五対一の範囲内にある点について

前記「ブロー成形」第三〇四頁左欄第一三行ないし第一九行の記載によると、素材がPETでなくPVC(ポリ塩化ビニル)ではあるが、圧力下に液体を保持し得るプラスチツクびんが周知のものとなつており、そこに記載のびんの重量(グラム)対内容積(cm3)の比率は〇・〇九となり、また、成立に争いのない甲第四号証の一(第四引用例)によれば、第四引用例の第四頁第三〇行ないし第三二行には、ポリ塩化ビニルで作られたびんについて「図に示したびんは内容量〇・三三リツトル、高さ一六〇mm、直径D六八mm及び重量約三〇グラムを有する。」との記載があることが認められ、同様の比率を有するものが記載されている。

このポリ塩化ビニル製びんもPET製びんも、共にプラスチツク製びんであるから、ポリ塩化ビニル製びんの重量対内容積比はPET製びんの重量対内容積比を決定する際の重要な参考資料となることは当然であり、また、本願発明の右比率が著しく広いことを考慮すると、右要件を満足するようにすることも容易に行い得たことと認めるべきである。

(7) びんは不透明な添加剤が存在しない状態で実質的に透明であるという点について

前掲甲第二号証によると、第二引用例の第二頁右欄下から第二行ないし第三頁第二行に、「本発明の方法の好適な実施法で製造されたポリエチレンテレフタレートの成形品は、ポリメタルクリレートの成形品と同じように良い透明さを有した」との記載があることが認められ、この記載からすると、PETびんとして、透明なものを採用することにも困難性はなかつたものと認めるべきである。

(8) 以上みてきたところによると、本願発明の種々の数値限定、すなわちPETの固有粘度、密度、胴部の厚み寸法、重量容積比、結晶化度、強度などは、立体成形品あるいはフイルムの製造に普通に使用されていたPETを用いて、第一引用例記載の二軸延伸法で無定形のパリソンを採用して得られるびんにおいて、当然予想された範囲内の数値、あるいは公知のプラスチツクびんから推測された数値にすぎないものというべきである。

(二)  原告は、本願発明のびんは、その発明の要旨に記載の要件をすべて具備することにより、請求の原因四2の冒頭の<1>ないし<4>の顕著な作用効果を奏する旨主張する。

しかしながら、前掲乙第四号証によると、前掲「工業大事典17」の第一六頁左欄第二〇行ないし右欄第一行に、「PETPからすぐれた合成繊維がつくられ、その需要は逐年増加をたどつているが、またフイルムとしても卓越した性能が広く認められている。特にアメリカのDu Pont社製品のマイラーMylarが有名である。」と、また、同書第一七頁左欄化学式の後第五行ないし第七行に、「マイラーフイルムの物理的性質は別表のとおりである。電気絶縁性、引張強さ、屈曲疲労を初め多くのすぐれた性能をもち、他の材料のフイルムは遠く及ばない。」とそれぞれ記載されていることが認められる。また、前掲乙第五号証によると、前掲「プラスチツクハンドブツク」の第五一四頁第二五行ないし第五一六頁本文第一行に、「マイラーフイルムの諸性質を表2・16・2(P五一六)(本判決別紙(4))に掲げる。表2・16・2によつて明らかなようにこのフイルムは電気絶縁性、引張り強さ、屈曲疲労をはじめとして優れた諸性質を具備している。これらの諸性質のうちいくつかについてほかのよく知られたフイルムと比較すると図2・16・1(本判決別紙(5))のとおりである。引張り強さではセロハン、アセテートフイルムの二~三倍、ポリエチレンフイルムよりははるかに優れ、アルミニウムに匹敵している。このほかポリカーボネート、ナイロンの約三倍の強度を持つている。弾性率もポリエチレンフイルムよりははるかに、またセロハン、アセテートフイルムより大きく強靱であるが、同時に屈曲疲労でも顕著な性能を示している。引裂き強さはポリエチレンフイルムよりは相当劣るが、セロハン、アセテートフイルムよりは大きい。衝撃強さもほかの既知フイルムの三~五倍であり、降伏点もまたこの両者より高く、さらにポリエチレンフイルムよりははるかにまたアルミニウムフイルムよりもやや大である。透湿度は各フイルムの中間にくらいする。これらの結果を総合すると本フイルムの機械的優秀性がよく理解されるであろう。」と記載され、同書の第五一八頁第三行ないし第五行に、「ガス透過率は塩化ビニリデンにはおよばぬが、25μ厚で酸素は2.9cc/m2/hr/atm、炭酸ガス、窒素ではそれぞれ13、0.56cc/m2/hr/atmにすぎず、包装材料として優れている。」と記載されていることが認められる。これらの記載からすると、PETのフイルムは機械的性質及び炭酸ガス非透過性に優れていることが理解されるのであり、原告の主張する前記作用効果は予期し得るものにすぎない。

原告は、その主張のように本願発明の二軸配向したPETのびんは不均質であるのに対し、PETのフイルムは均質である点で著しく相違し、配向と形態とが位置によつて異なるびんが加圧下の液体を保持できるという作用効果は全く予期できないことである旨主張する。しかしながら、仮にびんとフイルムは配向された状態で均質性が相違するとしても、両者は少なくとも胴部分では配向状態にある点で共通しており、同じPETを用いる以上、その一般的特性が著しく相違すると考えることができず、また、本願発明のびんの頸部は配向状態にあるといえないとしても、より肉厚であるから、より肉薄の胴部よりも一般的特性が著しく劣るものと考えることはできない。したがつて、びんにおいても、PETは他のポリマに比較して機械的性質に優れ、低い炭酸ガス透過性を示すであろうことは、当然に予想されることというべきである。本願発明のびんが頸部と胴部とで厚さ、配向度及び結晶化度を異にし、胴部の結晶化度がかなり低くてよいのに、圧力下の液体を保持できる点についても、前掲乙第一一号証の「ブロー成形」の前記認定の記載から明らかなように、ブロー成形したポリ塩化ビニルのビールびんが周知の事実であつたところ、このびんも、頸部と胴部では厚みや直径が異なり、位置によつて配向度及び結晶化度を異にするのに、PETのびんに比較してその性能は劣るとしても、圧力下の液体を保持できるものであることは明らかであり、右の点も、格別予期し得ない効果を奏し得るものということはできない。

6  以上のとおりであつて、原告主張の審決取消事由はすべて理由がなく、本願発明の進歩性を否定した審決の判断には誤りはないというべきである。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九四条後段、第一五八条第二項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山嚴 裁判官 竹田稔 裁判官 塩月秀〓)

別紙(1)

<省略>

別紙(2)

<省略>

別紙(3)

<省略>

別紙(4)

<省略>

別紙(5)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例